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第150話 江戸の年中行事(夏&秋)

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今回は春・夏・秋冬と3回に分けて江戸時代の年中行事をご紹介して行く第二弾夏編と相成ります。
(注:旧暦から新暦への移行で時期が本来より1か月前倒しとなり行事の季節感が少しずれる事をご理解頂きたい)

「5月」皐月(さつき)は奈良平安の昔からの風習「端午(たんご)の節句」で始まる。
武人と結びついたこの風習は戦う男子を想像させ、鎧・兜を飾り幟(のぼり)を立て、尚武(しょうぶ)つまり武道/武勇を重んじる事を尊ぶ気風です。菖蒲湯に入る習慣もこの尚武から来ています。安定し戦いも無くなった江戸の世で男児の壮健を願う行事として町人階級にも広がって行く事となった。五月のもう一つの有名行事は28日の「川開き」だ。両国では今も続く隅田川の花火が打ち上がり川は納涼船で溢れた。この花火のルーツは前年の飢饉や疫病での死者に対する慰霊と悪病退散の目的で享保18年の川開きに合わせて八代将軍吉宗が始めたものである。

「6月」水無月(みなづき)は水の無い月と書くが、水が無い訳ではなく水無月の「無」は「の」にあたる助詞だそうだ。夏らしくなるこの月の名物行事は「山開き」「山王祭」「夏の土用」「夏越の祓い」であろう。6/1は山開き富士山参りの日だ、実際には富士に行けない庶民は江戸のあちこちにある富士の名が付く富士塚に詣で富士登山の代わりにすると言う敬服すべき合理的感性を発揮した。山王祭は言わずと知れた天下祭、江戸城内まで神輿や山車が繰り込む事が出来た。夏の土用には丑の日に鰻で体力回復、平賀源内発案とよく言われるが平安の昔からの日本人の食の知恵なのである。江戸前でお馴染みの同じ長物「穴子」もこの時期が梅雨穴子と言われる旬となる。当店の6~7月の一押しが穴子せいろと相成ります。夏越の祓いは丁度一年の半分を過ぎたこの六月の末にそれまでの無事を感謝し残り半分の息災を祈る風習で神社に設けられた「茅の輪」をくぐる儀式である、当地芝大神宮へも是非参拝願いたい。

「7月」文月は「井戸さらいとほおずき市」7/7は言わずと知れた七夕であるが実はこの日は他に夕方までにしなくてはならない重要な井戸の大掃除「井戸さらい」と言う行事があった。江戸は地下に上水道を引いて給水しており井戸の水源はみな繋がっているので一斉にやらないと意味がない大切な行事であった。ほおずき市はこの日お参りすると千日分の功徳があるとされる千日参りの縁日として芝愛宕神社で始まった、浅草のほおずき市も同じ意味で何と四万六千日参りとして今に続いている。愛宕神社は毎年6/23と24、今年の浅草寺は7/9と10です。

「8月」葉月は「八朔と十五夜」八朔は8/1の事、江戸の八朔は家康公の江戸入府が1590年8月1日と言うことで特別な祝賀日となる。各諸侯が白装束での登城拝礼に習い吉原の遊女が白無垢を着た浮世絵が数々残っている。「十五夜」8/15の満月は中秋の名月すすきと月見団子で月を愛でた。月見団子は15個を並べた、今と違って野球ボール程の大きさだった様だが理由は不明。