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2003年6月 第35話  老舗の口伝の科学性

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昔から伝わっている技術は、おおかた、親から教えられたままにやっていることが多い訳で、
疑ってもみないで長年過ごしております。
しかしながら、これもなかなか科学的にみても正しいことが多いようで、後から研究がなされ、
認められることがたくさんあります。

つい最近までそば屋のやっているやり方は良くないと、多くの本に書かれていたことがありました。
それは、「そば屋流のだし汁のとり方」です。
他の業種ではやらない方法で、通常30分から40分長いところですと1時間以上、 鰹節、宗田節、鯖節でだしを煮詰めます。ところが、料理の先生に聞いても、鰹節のパンフレットを見ても、こんなやり方は薦めておらず、「鰹節は、沸騰したお湯に入れ、すぐに火を止め、沈んでからだしがらを漉して下さい。
長く沸騰させると香りが無くなり、嫌な味も出ます。
鰹節のうま味は、すぐに溶け出す性質ですから、長く煮続けるのは無意味です。」とされています。
しかしそれでもそば屋は長年、入れてはいけない程多量の鰹節をお湯に入れ、してはいけない長時間煮詰める方法でだしを取っています。

昨日、今日、始めたことではなく、親子代々このやり方を守っています。
ところが、7.8年前にお茶の水女子大の吉松教授が書かれた「だしのひき方の科学」と言う論文の中で、
「そば屋がだしを長時間煮るのは大変合理的で、40分以上かけないと、厚削りの鰹節では、エキス分を十分に利用できない」と指摘されていたそうです。

一門の有楽町更科の藤村さんからお聞きした後日談によると、そば屋のだしに興味を持たれた先生が ある鰹節問屋(たまたま私どもに鰹節を入れている問屋)に研究生を行かせて、「今日は、並木の藪ふうに削った物を」、 「今日は有楽町の更科に届けるのと同じ物を」 「今度は、○○ の物」と言った具合に研究して下さったそうです。

このような研究があり、そば屋がだしを引くとき、長時間煮詰めているのは間違いではない、とやっと認めていただいた訳です。しかし、論文中の他のものはみんな「だしの引き方の定説(前述)」に立脚しておられ、
そば屋のやり方が、公認されるまでにはまだ時間がかかることと思われます。
ともあれ、こうした有り難い研究のお陰で、今後はやり方に疑問を持たず安心して煮詰められるようになりました。 科学的に裏付けされたことによって、むしろ秘伝の技術として誇れる、と申しても良いのではないでしょうか。
科学がでたついでに、次回は「おそばの栄養価」についてお話し致します。