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2004年3月 第44話  蕎麦屋の女将さん

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更科一門のご隠居さん藤村和夫さんのお書きになった、

NHK出版の「蕎麦屋のしきたり」から今回は「女将さん」についての1節をご紹介いたします。

今も昔も、蕎麦屋は女将さんで持っているようなものです。今回は昭和中期までのお話。
どの店でも「蕎麦屋じゃ男の子は要らない。あたしなんかおじいさんが3年家に帰ってこなくとも、店はビクともしなかった」と言うのがおばあさんの決まり文句のようです。
江戸時代には男女の人口比が男2対女1という享保年間の資料があるくらいですから、おかみさんをもらうのは容易ではなく、それだけに蕎麦屋のおかみさんには、男勝り、気の強い、チャキチャキした女性が多かったし苦労人ばかりだったようです。

おかみさんの城は「ご内所」ですからご亭主からは「内儀」となり、お客様からは「お上」ではないので「女将」と当て字にされました。ちなみに武家の「内」は奥ですから「奥様」となる訳です。
家中の切り盛り、子育て、物資の管理、資金の管理、人事管理、仕入れ管理と何でもござれですが、
「外交」だけは旦那の仕事となります。

戦前までのおかみさんの一日を、お金の扱いを中心に追いかけてみましょう。
「売上」の勘定はおかみさんの専管事項で、一日2回、一回目は昼の立て込み後出前の集金と併せて、
2回目は閉店時となります。売上は大きな「銭函」に入れられる訳で、丈夫な樫の木で作られ南京錠がかけられ、鍵は当然おかみさんが持つこととなります。
売上の中から「日掛け」をしお金を貯めることとなりますが、少しまとまった支出に備え「無尽」と呼ばれる同業者のくじ引き方式による共同基金に入ることとなります。おかみさんの小遣いは売上からもらうことはなく、樽屋に使用済みの醤油樽を売ったり、蕎麦粉の空き袋を売ったり、鰹節の出し殻を売ったりして作ります。空き樽は昭和中期まで大変需要があったそうで、醤油を大量に使う蕎麦屋では結構な数になります。
一日500食の蕎麦を売る店では、「1斗樽」が2日で1本空く事となり月に15本を売ることが出来ます。
鰹節の出し殻にしても飼料や肥料としての需要があり、1日3kg程度を目方で売れました。

こうしておかみさんの小遣いは次第に貯まっていきます。
なんと言っても食費は従業員の賄いも有りタダですし、水道、光熱費も店の経費ですから掛かりません。
とは言っても決まった給料のある現在と違って、才覚と器量で全てが決まる訳で、冒頭に書いたように旦那より商売に於いて優れていたおかみさんがほとんどの蕎麦屋に存在していた証明と言えるのではないでしょうか。人事管理にしてもしっかり、はっきり小言を言った上で、自分の子供と同じに扱うような優しさを備えていたしっかり者が揃っていたといえます。
現代にそんな事まで要求しては益々嫁のきてが無くなるばかりと心配の種は尽きません。