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2004年5月 第46話  せいろ蕎麦の食べ方

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夏に向かうこの時期「せいろそば」が益々好まれる頃となります。
食べ物はすべからくその適した食べ方なるものが識者によって難しく論じられますが、ご自分の好きなようにお食べいただくことが最高の食べ方ではないかと思います。
とは申せ作り手としてこんな食べ方をしていただくとより一層美味しくお食べいただけると言う提案が今回のお題です。

「お蕎麦」の美味しさは元来その「香り」と「のど越し」と言われております。
この2つの売り物をお楽しみ頂ける食べ方をご紹介いたします。

まず第一にお蕎麦は噛んでお食べいただくものではございません、 「ズズッ」とたぐり込むように吸い込みながらお食べいただくとより美味しくなります。蕎麦屋の店主が集まって蕎麦を食べると至る所から凄い音が聞こえてきますし、禅宗のお寺で食事の際に音を出して良いのは蕎麦の時だけという不文律があるように、蕎麦を食べるときに音は欠くことが出来ないものです。大きな音をたててお食べ下さい。
その音が出るくらい思い切り吸い込んでいたければ有り難く思います。
そうしていただくと口の中に蕎麦の香りがきっと溢れてくることと思います。

次に最初の一口だけはそば汁につけないでお食べになることをおすすめいたします。
汁を付けず音をたててたぐり込んでいただけると、そのお店のお蕎麦の香りをお楽しみ頂けると思います。

どの蕎麦屋さんでもお蕎麦もそば汁につけると、感じる味はそば汁の味です。 一口だけでもお蕎麦だけを吸い込むようにお食べいただくことをお薦めいたします。そして、香りを楽しむと同時にこの蕎麦にはどれだけ汁をつけるかお決め頂くのが粋な食べ方かと思います。

全てのそばが落語のごとく摘んだお蕎麦の先にだけ汁を浸けるのは粋ではない気がしております。
店ごとにその蕎麦にあった汁を作っている訳ですし、そばに合った汁の量があるように感じます。
私自身も「藪さん」での汁のつけ方、「砂場さん」での汁のつけ方、「更科」でのそれは違います。

もう一つのお薦めは、乾くまでは行き過ぎですが少し水を切った状態にしてからお食べいただく食べ方です。のびては元も子もありませんが、ほんの少しで結構ですのでお手許のお蕎麦を食べずに待っていただくと、よりお蕎麦の香りを味わっていただけると思います。濡れたお蕎麦は水のベールをまとっているのです。ツルツル感はありますが、本来弱い蕎麦の香りがなおさら出て来にくいものです。
お蕎麦が香りを大切にするもののそれ自体は穏やかで弱いのです。
その為蕎麦屋では蕎麦の香りを阻害する香りの強い煎茶は避けられています。

一寸待って、一口だけでもお蕎麦だけを音をたててたぐり込むようにお食べいただくのがお薦めの食べ方というお話です。