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2006年5月 第70話  襲名

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歌舞伎界では「18代目中村勘三郎」、落語界では「9代目林家正蔵」と由緒ある江戸代々の名跡の襲名が、 華々しく執り行われております。

芸能の世界だけでなく我々商家でも襲名は行われます。
「造り酒屋」「醤油」「和菓子」など代々の伝統や技術の継承が生命線となる業種については、
一子相伝の襲名が行われております。
造り酒屋では10代、15代は普通の世界ですし、京都の和菓子屋さんには17代というものもあります。
日本古来の食については驚くべき伝統を感じる次第です。
我々江戸の蕎麦業界ではその発祥時期から言って10代位が最古のものではないかと思います。

そんな中、歌舞伎界の名跡「中村勘三郎」は18代、なんとも驚くべき歴史であります。
菊五郎、団十郎、歌右衛門をしのぐ江戸歌舞伎界最古の名跡の襲名に対し、

伝統を受け継ぐ末席として改めて敬意を表する次第でございます。
両国「江戸博物館」にも初代「江戸猿若中村勘三郎」の創設した「中村座」が再現されておりますが、
これは京から江戸にやってきた道化役者猿若が380年前に日本橋中橋に旗揚げした小屋で、
江戸歌舞伎の原点と言われているものでございます。

文献によりますと初代勘三郎は大変優れた興行師=プロデューサーの一面を持っていたとされていますが、平成中村座やニューヨーク歌舞伎講演を成功させた今回の18代勘三郎には、脈々と受け継がれたその血筋を感じる次第です。 家としてのカラーや血筋としての伝統は、誠に不思議なえにしとなって継承されていることに驚くばかりです。

私ども蕎麦屋においても歌舞伎界同様、生まれたときから耳にたこができる位に言い伝えられ、
教え込まれた口伝や技術があることを重ね合わせて考えると、自ずと伝統の継承が如何にして起こりえるのかを理解できる気がしております。
親を見て育ち、親を見て盗み、親を越えようともがき、その姿を子に見せる、

それがふと気付くと伝統と呼ばれる。長い年月と1代たりとも怠けない姿勢の大切さを感じます。
ともすれば日本人が忘れがちになっている「温故知新」の精神がその中にあるのではないかと思います。
流行、トレンドといった時代性を追う感性と共に、身に付けるべき素養と受け継ぎ守るべき古き慣わしを、
大切にしてこそ新たに生まれる文化があるのではないかと思う昨今です。

二つの襲名のニュースを見るにつけ、
私自身も先祖から伝わる「布屋 萬吉」を受け継ぐ心構えを自問自答する今日この頃です。