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2011年3月 第102話 うどんの国とそばの国

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世間でよく言われる「関東の蕎麦」・「関西のうどん」の色分けが近年ずいぶんと変化をしてきたように思います。 名店・老舗と言われる蕎麦屋が関西にもずいぶんと出てきましたし、讃岐うどんは今や東京でブームを引き起こす存在にもなっています。美味いものは美味いのでしょう、甘さ・辛さや濃さ・薄さはあるものの、慣れ親しんだ醤油と鰹の出しの味なのですから。
とは言え、そこには生まれ育った環境や文化が色濃く反映されていますので、歴然とした違いが生まれる事となります。以前作り手としての違いや文化のお話をいたしましたが、今回は食べるほうの違いから生まれる「そばの国」と「うどんの国」のお話です。


落語家もその違いをしっかり見て、蕎麦とうどんの食べ方の差を表現していますが、
蕎麦屋の調理場から見ていても、お客様が「うどんの国」の出身者か、「蕎麦の国」の住人かが判断できるのです。それはお蕎麦をお食べになる時に麺を入れた食器、つまり丼や猪口の位置であります。
丼や猪口を口に近づけて食べるか、そうでなく、麺をつまみ上げて口に入れるかの相違です。
これこそが汁の濃度による相違の原点であります。
汁の濃度が違うからこそ、このような食べ方の違いが生まれたとも言えます。

結論から先に申し上げますと、丼に口を近づけ麺を汁と一緒にすすりこむのは「うどんの国」の出身者。
汁からつまみ上げて口に運ぶのが「蕎麦の国」の住人となるようです。

「うどんの国」では汁の味(濃度)が薄い。その為に麺を汁と一緒にすすりこまないと味が麺に乗らないのだと思われます。美味しく食べるのはこの方法が不可欠なのでしょう。
その結果食べた後に汁は残らず、うどんをすすり終わると汁もなくなります。

一方「蕎麦の国」では、麺は汁に浸けてからつまみ上げて食べるもの。
その為汁も「飲んじゃ辛いが、食っちゃ美味い」と言う濃度に作ってあります。浸けた後持ち上げて食べますから、その位の濃度がないと蕎麦に味が絡まない事になります。うどんと異なり食べ終った後に汁が残る事になりますが、そこで「蕎麦湯」をさして飲む事にも適したものに作っている訳です。これを「うどんの国」風にすると、辛いに決まっており、その風評が広まっていると思われます。

美味しく食べるにはそれなりの方法と、それなりの製造原理が深く関係してくる事となります。
それぞれの国のしきたりに習うことが重要になります。